”市民による市民のための科学”の成立と展開―コミュニケーションの視点から 「公共圏における科学技術政策」に関する研究会(STiPS Handai研究会)(35)開催

 2018年1月9日(火)に、第35回STiPS Handai研究会「”市民による市民のための科学”の成立と展開―コミュニケーションの視点から」を開催しました(授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催)。

 今回は、NPO法人 市民科学研究室(以下、市民研)の代表理事を務める上田昌文さんをゲスト講師としてお招きし、市民研の活動について紹介していただきました。この研究会には、授業を履修している学生や大阪大学教職員など9人が参加しました。

 市民研はリビングサイエンス(生活を起点にした科学)という概念を手掛かりに「生活者にとってより良い科学技術とは」を考え、そのアイデアの実現を目指すNPO法人です。
Webサイトはこちら(http://www.shiminkagaku.org/csij-first-time/aboutus/)。市民研が設立されたのは1992年7月(法人格所得は2005年3月)とのことですが、上田さんが市民研の専業として「食べていけるようになった」のは、ここ10年だのことだそうです。現在の組織の収入は300人弱の会員からの年会費や寄付によって賄われているそうです。
 市民研の活動としては、テーマごとに分かれた研究会が主体で、電磁波やナノテクノロジー、防災、低線量被ばくなど、様々な分野に取り組んでいます。その他の活動として、以下のような取り組みを行っています。
・講師を呼んで市民科学講座
・隔月で発行される機関紙「市民研通信」
・メーリングリスト運用(会員限定サービス)
・HP更新(1日1篇の注目の文献紹介など)
・電話相談受付

 当日のお話の中で一番印象に残ったのは、東日本大震災及び福島第一原子力発電所の事故後の、放射能に関する市民研の活動でした。東日本大震災後、原子力発電所の事故により、多くの人がこれまで意識してこなかった被曝リスクについて、日常生活の中で様々な判断が求められるようになりました。そんな時、上田さんは子どもを持つ東京の女性から電話相談を受けました。

「放射能は大人より子供の方が、影響が大きいと聞いているが、子どものことを語ってくれる情報がネット上にはない。また、子供自身に分かるように話してくれる人は誰もいない。だから何とかしてほしい」

 相談者に実際に会って話を聞いてみると、話の中でイラストを描くのが得意な方だと分かりました。「それを活かして一緒にワークショップを作りませんか?」ということで、子ども向けに放射能のことを伝えるワークショップを開催することになったそうです。その後、支援者が増え、場所を東京から千葉、埼玉と拡大して継続開催されました。

 やがて、この活動が行政やNGOに認知され、子ども支援の国際NGOである「Save the Children Japan」や環境省除染情報プラザと協働し、それまで中学校では手が回らなかった、子ども向け放射線教育が行われるようになりました。この放射線教育では、放射能に関する科学的知識だけではなく、社会的な問題(風評・避難・対人関係)も取り扱っています。
※2013年12月からSave the Children Japanと市民研が共同で進めてきたワークショップ「放射能リテラシーワークショップ」の成果がハンドブック『みらいへのとびら』(http://www.savechildren.or.jp/jpnem/jpn/pdf/tobira.pdf
)にまとめられています。

 また、放射能に関するワークショップを開催しただけでなく、福島市や伊達市などで子ども向けに線量計が配布されるようになったのも市民研の上田さんの提言がきっかけだそうです。震災後すぐ、上田さんは放射能に関する電話相談がきっかけで伊達市を訪れました。そこでは高校生が放射線量の測定されていないグラウンドで運動部の部活動をしていることを知り、これはさすがに問題だろうと考えました。その後、医療従事者用の線量計を製作しているメーカーに、線量計を安く大量に配布できないか問い合わせ、「やってみましょう」と返事をもらいます。そして、現地の市議会議員さんにかけあい、市議会を経たのち、伊達市・福島市の子どもに線量計が配布される運びになりました。その後、福島のほとんどの地域で、大人も含めて線量計の貸し出しが定着しました。

 その他にも、ロシアの研究者と繋がりを持つ研究会のメンバーを通じて、国際シンポジウムを開催したり、東京大学と連携して放射線の健康影響に関して意見の対立する専門家を交えた意見交換パネルを開催したり、非常にスケールの大きな活動に従事されています。

 他にも、身近な日常生活に潜むリスクへの取り組みの具体例として、スマートフォンなどの家電製品から発生している電磁波、消臭剤に使用されている化学物質、化粧品や日焼け止めクリームなどに用いられているナノ粒子を挙げていただきました。不安を感じた相談者に対して、市民研でどのような調査を行い、相談者や他の関係者(市民、市民研会員、メーカーの技術者、行政、政治家等)にフィードバックするか、事例紹介をしていただきました。いずれのケースにおいても、製品の「安全性」はメーカー側で確認されているかもしれないが、ユーザーである、わたしたちの使用状況が技術者側に把握されているか(生活の中でのトータルな曝露量はどれくらいになるのか、メーカーの想定していない使用方法で使用者が危険を被っていないか)、などが問題点として挙げられそうです。

 今回の研究会では、市民研の活動の様々な事例を紹介していただきましたが、1)被害の現場とどのように繋がるか、2)反証のための科学データをどのように得るか、3)いかに社会での認知を高め、支援を得るか、4)政治的決着に向けてどう動くか、というプロセスを、事例に合わせて適当な経路で展開していくことが重要であると感じました。

 市民研のこれまでの活動内容や、今後の活動予定は、市民研のホームページに詳しくまとめられています。単なる活動報告掲示板ではなく、市民研で蓄積された運営情報や文献、関わった研究者の膨大な知見が保管された貴重なアーカイブになっています。市民研の活動にご興味を持たれた方は、どうぞご覧ください。

NPO法人 市民科学研究室
http://www.shiminkagaku.org/
文:横山 高史(工学研究科 博士後期課程)、「科学技術コミュニケーション入門B」担当教員


【案内文】
2018年1月9日(火)に、大阪大学 吹田キャンパス テクノアライアンス棟1階 交流サロンにおいて、「公共圏における科学技術政策」に関する研究会(STiPS Handai研究会)を開催します。今回のゲストは、NPO法人市民科学研究室の上田昌文さんです。
*授業「科学技術コミュニケーション入門B」の一環として開催します。
*この日は、履修登録者以外の方の参加も歓迎します。

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■第35回STiPS Handai研究会
○題目:”市民による市民のための科学”の成立と展開―コミュニケーションの視点から
○ゲスト:上田 昌文 氏(NPO法人市民科学研究室 代表理事)
○日時:2018年1月9日(火)16:20~17:50
○場所:大阪大学吹田キャンパス テクノアライアンス棟1階 交流サロン

○参加:当日参加も可能ですが、できるだけ事前のお申し込みをお願いします。
○申込方法:件名を「第35回STiPS Handai研究会・参加申込」として、
①氏名(ふりがな)②所属を明記のうえ、stips-info[at]cscd.osaka-u.ac.jp
([at]は@にして下さい)までお送りください。

○主催:公共圏における科学技術・教育研究拠点